フェンタニル
~戦後80年目の独立性欠如と政治構造の混沌~
2025年2月に発覚したフェンタニル密輸事件は、単なる薬物犯罪を超えて、日本が抱える根深い構造的問題を浮き彫りにした。この事件は、戦後80年を経てもなお、日本が真の独立国家として機能していない現実を突きつけている。
政府内部の分裂構造
今回の事件対応において、日本政府の反応は「官僚的なものにとどまり」、アメリカの期待に応えるものではなかった。これは偶然ではない。日本の政治・官僚機構内部には、親米派と親中派が複雑に入り組んだ構造が存在し、一貫した国家戦略の策定を阻害している。
財務省職員による重要資料の「紛失」事件も、この文脈で理解すべきである。187人の密輸関係者情報が消失したタイミングの奇妙さは、単なる事務的ミスを超えた意図的な証拠隠滅の可能性を示唆している。これは、政府内部の親中勢力が米国からの圧力を回避するための工作だったのではないか。
保護国としての限界
アメリカは日本を「協力パートナー」として位置付けているが、実際には日本の主体性を期待していない。グラス駐日米大使の発言は、日本が米国の対中戦略の単なる実行機関として機能することを求めている。一方で、中国は日本の制度的脆弱性を巧妙に利用し、犯罪組織の拠点を築いている。
この状況は、日本が両大国の間で主体的な判断を下せない「保護国」としての地位に甘んじていることを示している。80年前の敗戦により形成された対米従属構造が、今度は対中関係においても日本の自主性を奪っている。
制度的脆弱性の根源
通関制度の脆弱性、情報管理体制の杜撰さ、そして外国人起業家への過度な門戸開放政策は、すべて日本が独立した安全保障戦略を持たないことの帰結である。これらの政策は、アメリカの要求と中国の浸透工作の両方に対して無防備な状態を作り出している。
国民が直面する現実
この事件は、日本国民が直面している深刻な現実を明らかにした。我々は、米中両国の代理戦争の舞台として利用されながら、その事実すら十分に認識していない。政府は国民の安全よりも、両大国との関係維持を優先している。
真の独立とは、軍事力や経済力だけでなく、国家としての意思決定能力を持つことである。フェンタニル事件は、日本がこの基本的な能力を欠いていることを露呈した。戦後80年目の今こそ、我々は真の独立への道筋を真剣に考える時である。

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